➂《手しごと編》~【SHOGEN &サトケンと行く与那国島ハートフルネスツアー】おすそ分けレポート
➁《食文化編》に続き、私が触れた与那国島の手しごと文化についてお伝えします。
与那国島では主に3つの生活文化に出合い、とても心惹かれました。
◎一つ目は、請舛(うけます)姫代さんが絹糸のように艶やかな糸が採れる植物「トゥンビャン」を育てるところから取り組んでいらっしゃる、伝統的な織物づくりの手仕事。
◎二つ目は、「よなは民具」を営む與那覇桂子さんの、与那国島の自生植物を使った民具づくりの手仕事。
◎三つ目は、ツアー前から大川政代ちゃんに聞いていた、日本では与那国島をはじめ沖縄や奄美群島の一部にのみ残る埋葬の風習「洗骨」。
まずは、政代ちゃんのお姉さま・姫代さんが人生を懸けて取り組んでいらっしゃる「トゥンビャン」の栽培と織物文化について、今年の元旦に掲載された新聞記事をご覧ください(^^)/

「かつて海外貿易で繁栄を極めた琉球王国では、独自の染織文化が花開いた。しかし、沖縄戦の惨禍によってその文化は壊滅的な打撃を受けた。その後、多くの職人たちの懸命な努力により、美しい染織の多くは復活を遂げたものの、トゥンビャンだけは「幻の織物」として語り継がれてきた。 (中略) 与那国島では昔、農作業の合間にトゥンビャンが栽培されていた。請枡さんの義父である故・秀雄さんも数十年前まで、収穫した糸を首里に納めていたという」(上記・八重山毎日新聞より) 原料となる植物トゥンビャンの消滅とともに失われてしまった、絹のような白さと光沢のあるトゥンビャン糸の与那国織物。
与那国島の伝統工芸士としてその存在を知っていた姫代さんは11年前、清掃が入った後の与那国伝統工芸館の庭の片隅で処分されかかっていたリュウゼツランに似て非なる植物の一株を見つけ、「これはもしかしたらトゥンビャンかもしれない!」と直感。
救い出して家に持ち帰り株の増殖に挑む中、「これは間違いなくトゥンビャンだ!」と言う義父の言葉に確信を得て栽培を続け、最初は一株だったトゥンビャンを、今や200株にまで増やすことができているのだそう。 大人の背丈くらいまで成長した葉を縦に裂いたものを潮が満ちる砂浜に約10日間埋め、海水によって分解された葉肉を海水で洗いながら櫛で梳くようにしていくと繊維が残り、その繊維を真水で丹念に洗っていくと、透明感のある純白の糸が誕生するとのこと。 戦争で失われてしまった与那国島特有の美しい“衣文化”を、糸の原料となる植物を育てるところから取り戻す活動を「残りの人生を懸けてやっていこうと思っている」と姫代さん。
身近な素材を自分の手で糸に加工し、その糸から自分で布を織り、その布で自分や家族の体を守り、安心や、自然への感謝や、美しさを肌身で感じながら生活する……
元々は人にとって生活の一部だったはずのその知恵と技を持たず、生まれてから今日まで既製品にまるごと依存して生きてきた自分を顧みて今さら欠落感や心許なさを感じつつも、その工程を自活する際にかかる膨大な時間と手間を想像し、氣が遠くなりました。
そして問が浮かんだのです。「安く簡単に様々な衣類が手に入る今、姫代さんはなぜ、こんなにも手間と時間がかかる手仕事に人生を懸けようと思ったのだろう?」と。


左(上)が姫代さん。糸や布をめぐるお話が面白くて惹き込まれました。/真ん中のギンガムチェックは「与那国ドゥタティ」と呼ばれるとてもポピュラーな与那国の柄で、右(下)は「与那国花織」と呼ばれる花模様が織り込まれた布。/今も「〇〇マチリ」と呼ばれる様々な祭事が年中頻繁に行われている与那国島では、島民がこのような伝統織物で作った着物を着る機会が多くあり、織った布の9割は島民が購入しているという説も。伝統文化が日常に生きているんですね!
私はその時、その問を姫代さんに尋ねることはしませんでした。何だかぶしつけで失礼な質問のような氣がしたから。 でもその晩姫代さんが話してくださった「私は時折、『戦争反対』と書いた手書きボードを持って自衛隊基地の前に一人で抗議行動しに行ってるの」という言葉やお聴きした話の端々から、その後私は姫代さんの決意の理由を、こんなふうに推測したのです。
「トゥンビャン栽培から始まる与那国衣文化の復興は、姫代さんならではの平和活動であり、神(自然)と人、先祖と子孫、過去と未来をつなぐための祈りなのではなかろうか」と。
だから氣が遠くなるほどの手間と時間がかかろうとも、腹を据えてそこに命を注ぐ決意をされたのではないか、と。
遠くない未来に与那国の焼酎でも飲み交わしながら、この推測が合っているかどうか姫代さんに尋ね、またお話を伺ってみたいです。笑
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さて、『衣文化』の次にご紹介するのは、「よなは民具」の與那覇桂子さんによる、草を使った生活雑貨づくりの手仕事。 宿から通りを4~5分ぷらぷら歩いて行くと、通りに面して開け放たれた、屋根付きのでっかい縁側のような工房の床の上で、あぐら座りで民具を製作する與那覇さんの姿が。
「どうぞこちらへ」と促されその空間に上がらせていただいた私たちの目の前で、與那覇さんはおしゃべりしながら、与那国のご神木でもあるという「クバ」の葉っぱで、みるみるうちにこんなカゴを作ってくださいました!
↓これがクバ。上記のカゴは本体も取っ手も装飾も、隅から隅までクバの葉100%!

実はこのカゴ、かわいいだけじゃなく防水力ありありの、バケツにもなる優れモノ。
本来は山で川の水を汲みたい時に、クバの生の葉を使ってその場でササッとこの容器を作って水を汲み、使い終えたらその場に捨てて来たのだそう。
昔は島の誰もが当たり前に作れたけれど今は限られた人しか作れなくなってしまったというこの民具、與那覇さんは作って販売するだけでなく、ワークショップを通して与那国の小中学校の子どもたちや観光客に作り方も伝えているとのこと。あ~私も作れるようになりたい!!ヽ(≧▽≦)丿
…というわけで、與那覇さんのカゴづくりの様子をチラリとご覧あれ!(使っている葉は緑の生葉を少し干したものだそうです)↓
あれよあれよという間に出来上がったカゴの名は、与那国語で「ウブル(水汲み)」。

おしゃべりしながら10分くらいでスルスルこれを仕上げると、與那覇さんは、「じゃあ、海に水汲みに行きましょう!」とニッコリ。
この日は強風で小雨も降っていたので、私は内心「え?今から海に行くの?」とビックリしたのですが、與那覇さんは「実際にやってみたいでしょ?」とニコニコ。 そうか~与那国人にはこれくらの強風はどーってことないのね~!と、“渡難(どなん)”の異名を持つほど荒れる海に囲まれて暮らす与那国人のたくましさを垣間見た氣がした私でしたが、
小雨降る強風の中3~4分海まで歩き、海脇のコンクリ地面に膝をついて身を乗り出し、ウブルの紐(これもクバの葉製)を持って波立つ海面にウブルを投げ入れると……
「きゃ~!汲めた汲めた~!!!」「すごーい!!」「楽しい~!!!ヽ(≧▽≦)丿」…と、みんな大盛り上がり!(≧▽≦)
悪天候の中でいいオトナたちが子どもみたいにはしゃいでるのが可笑しくて、さっきまでの不安や縮こまりが吹っ飛び、風雨を楽しんでいる自分にビックリポン!だったのでした(≧▽≦)

乾いた草でできたこの軽いウブルが強風の中でもちゃんと海水を汲めたのは、ウブルの取っ手に括り付けられた石のおかげ様。ふたつの石に結ばれた紐をウブルの取っ手の端にクルクル回して括り付けただけなのですが、これが重りの役目をしてくれるからこそ、波立つ海面にウブルを放っても沈み、水汲み容器として機能するのです。 自然素材を隅々まで活かした知恵と技の粋でラブリーな美しさに、エコライフ研究家の私のハートはキュンキュンしっぱなしでした💕
與那覇桂子さんと「よなは民具」に会いたい方はぜひ、1/18(土)~/19(日)に羽田空港エアポートガーデンで開催される<与那国島 観光・芸能フェア>へGO!
與那覇桂子さんは芸能の部で太鼓を披露してくださるそうですが、「よなは民具」の出店もあるので、ウブルの実物も手に取って見たり買ったりできるはずです。(^_-)-☆
*④《生活文化編》につづく…
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